Change The World(5dsレクス夢)
※5dsゴドウィン夢、というかルドガーを愛する女の子と長官の話。当時、この女の子とルドガーのお話をいくつか書きました。
当時は名前変換機能をつけていましたができなくなっちゃったのでデフォルトネーム(和花)で失礼します。
炎が消えてしまった銀の蝋燭を胸に抱き、窓の外を眺めている女を、レクス・ゴドウィンは見つめていた。ほんの半日程前、レクスが兄であるルドガーを訪ねてきたときにふたりは初めて出会った。彼女はルドガーの側に寄り添い、射ぬくような視線でレクスを睨み付けていた。名を和花といった。
レクスがこの場所、旧モーメントを訪れたのは、この日が兄との永遠の別れになると知っていたからだ。そのことは和花も感付いていたらしい。レクスを睨む瞳がそう、告げていた。ふたりが受け取った運命はやはり現実のものとなった。蝋燭の炎も消えてしまった暗い部屋には、レクスと和花だけが遺された。
「ルドガーは星になんかなってないわ」
窓から視線を外し、振り返った和花はそう言った。
「何故、そう思いましたか?」
「ここからは星が見えないからよ。ルドガーなら、ちゃんとあたしに見えるように輝いてくれるはずだもの」
「大した自信だ」
和花の口から初めて聞いた言葉が思いの外強気な口調だったことに感心し、レクスは笑みを浮かべた。流石、兄が傍に置いた女というべきか。
レクスにとって、兄であるルドガーが自身の運命へ他人の介入を許したという事実は信じ難いものであった。二人の間に何があったのかはわからない。ルドガー亡き今それを知るのは和花だけであり、彼女がその真実を自分に告げるとは到底思えなかった。
和花は時折、まだ幼い顔立ちには不釣り合いな笑みを浮かべる女だった。その笑みの奥に、細めた黒い瞳の底に、兄を突き動かした何かが潜んでいるような気もするのだが、それも憶測にすぎなかった。
「ねえレクス。あたしはあなたが羨ましい」
和花は羽が生えたように軽い足取りでレクスに近づき、その胸に身体を寄せる。そしてまるで恋人をいとおしむかのように、その胸に細い指を滑らせた。
「あなたの心臓は、ルドガーとおなじ血を身体に巡らせ続けていたんでしょう?」
もう鳴ることのない死んだ心臓に耳すませるような仕草で、和花はうっとりと呟く。そうして胸に置いたままの指をひとしきり遊ばせた後、その腕を背に回し穏やかに目を閉じた。
レクスはそんな和花の姿を滑稽だと感じながら、小さな身体をそっと抱き返した。最後の戦いに赴く前の兄もきっと同じことをしただろう。甘えるように擦り寄ってくる和花の髪を撫でながら、レクスは兄が如何に残酷な男であったかを噛み締めていた。ああ、自分勝手なところは変わらない。17年前のあの日、片腕だけを遺して消えていったときから。他人の運命を大きく狂わせておきながら、自分はさっさと逝ってしまうのだ。まるで遺されたものの中の自分を永遠にするように。
日没が迫る。
レクスは和花を連れ、旧モーメントを後にした。これからふたりは冥界の王を迎える儀式のためにシティへ向かわなければならない。正確にいえば儀式を行うのはレクスだけなのだが、彼はこの儀式に和花を立ち合わせるつもりでいた。儀式の先に生まれるであろう「新しい世界」に、和花を連れて行こうとしていたのだ。
旧モーメントを、兄と暮した場所を何度も振り返る和花の手を強く引いて、レクスはシティまでの道程を急ぐ。
「兄さんはもう、あそこにはいませんよ」
「うん。わかってる…」
嗜めるような言葉をかけながら、レクスは内心では和花に感謝していた。和花が振り返らなければ自分がそうしていただろうから。過去に後ろ髪を引かれるのは若い娘だけでいい。自分にとってのその時間は、とうに過ぎ去ったのだ。レクスの左手を握る和花の力が強くなる。シティに着くまで、和花は黙ったままだった。
兄が指揮していたダークシグナー達は、日没までの時間を稼ぐという点で優秀な働きをしてくれたらしい。サテライトには未だ、シグナーとダークシグナーの戦いを示す地上絵が浮かんでいた。小さな海を隔てたすぐ向こうでは生死を賭けた戦争が行われているというのに、ふたりが降り立った地はそれを忘れさせるように静かだった。地平に迫ろうとする夕日が、高層ビルの合間を縫って空を赤く焼く。上空はすでに藍色に染まり、星を迎える準備を始めていた。和花が久しぶりだわ、と呟くのが聞こえた。
ふたりはやがてレクスが生前に暮らしていた住居へと辿り着いた。この場所の地下には古代の祭壇が埋まっている。日没が訪れたとき、地下に眠る祭壇は地表を割ってせり上がり儀式の舞台となるのだ。儀式が始まるまでの短い時間を、ふたりは赤い空を眺め過ごした。レクスが和花の腰を抱き寄せると和花は素直にそれに従い、寄り沿う。ただ数時間前に会ったばかりのふたりは不思議なほどにお互いを身近に感じていた。最後の肉親を失ったレクスと、最愛の男を失った和花。ふたりの喪失感はどちらも、ルドガー・ゴドウィンというひとりの男の死によってもたらされた。その事実こそがレクスと和花を結び付ける唯一の線であり、強固な絆だった。
やがて、西の空には一番星が輝く。
「確かに兄さんは、星になったようだ」
腕の中から不思議そうな顔で見上げてくる和花に、レクスは穏やかな笑みで答えた。
「君の世界を照らす星に、月に、太陽になった。違いますか?」
「違いないわ」
レクスの答えに満足したように、和花がふっ、と微笑む。それを合図にレクスは改めて和花を抱き締める。まるで世界にふたりだけが取り残されてしまったかのような錯覚が、ふたりを取り巻く。この儀式の成功失敗に関わらず、ふたりにとってこの夕日がこの世で見る最後の太陽になる。世を変えられるか、失敗してひとり消滅するか。あまりに極端で愚かな賭けを、レクスは命を懸けて行おうとしていた。和花はそれを黙って見届けようと思っていた。世の変革。それは和花が最も愛した人が望んだことであり、また、和花自身が強く願ったことでもあったからだ。自分を拒絶した世界に未練はない。愛する人を失った今なら尚更。こんな馬鹿みたいな巡り合わせに引き裂かれるのは自分たちだけでもう、じゅうぶんなのだから。
空が濃紺に覆われてゆく。今、世界はひとつの転換期を迎えようとしている。その中心で、和花がぽつりと呟いた。
「ねえレクス。あたしが世の中を変えられるなら…」
小さな呟きを聞き逃さないように、レクスは和花の唇に耳を寄せる。和花はそれに答えるようにレクスの首に腕を回し、距離を詰める。互いの存在を確かめるように抱き合うふたつの命無き命。世界の終わりとは、これ程までに侘しいものか。
「あたしが世界を変えられるなら、あの星に手が届くようにするわ」
そして赤い日が完全に、地平に消えた。
090617 個人サイトに掲載
0コメント